洋食器ブランド紹介 ヘレンド(ハンガリー)

華やかなデザインがとっても多い洋食器ブランドのヘレンド。私が大好きな窯の一つです。
そして、ヘレンドはプリンセスとの逸話も多い窯。イギリスのヴィクトリア女王やオーストリアのシシィ、フランスのウジェニー皇后にも愛された窯なんですよ。

それだけでもロマンチックで素敵ですが、なんと今でもすべて手描きというところも素敵。
今日はそんな「ヘレンド」のことを紹介いたします。

◆ヴィクトリア
1826年に窯を開くもまだ無名だったヘレンドは1851年のロンドン万博で世界デビューします。
その時にヴィクトリア女王に気に入られ、買ってもらえたのがこのシリーズ。そのご縁からシリーズ名を「ヴィクトリア」としたそうです。


当時流行だったシノワズリー(中国趣味)の花鳥模様はとても華やか。


ヘレンドの中でも一番有名なデザインなのではないでしょうか?


ヴィクトリアシリーズは「ヴィクトリアブーケ」、「プレーンヴィクトリア」、「ヴィクトリア アニバーサリー」、「ヴィクトリアノワール」、「ヴィクトリアプラチナ」など様々なヴァリエーションがあります。

◆ウィーンのバラ
オーストリアのウィーン窯(現アウガルテン窯)で作られ、ハプスブルク家だけが使っていたデザインのウィンナーローズがもととなっています。

1864年にウィーン窯が閉鎖されてしまった時にオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世陛下により、その後はヘレンドで作るようにと命が下されたのが始まり。

アウガルテンのものとは葉っぱの部分が大きく違っています。また、オジエシェイプで作られているのでより華やかな印象になっています。

ヘレンドのウィーンのバラはグリーンのラインのものが定番ですが、現在はピンクやゴールドのラインのものもあります。

ピンクのウィーンのバラはオーストリアの皇后エリザベートの生誕175周年を記念して2012年に発表されました。

ウィーンのバラ ゴールド こちらは2014年の限定品です。
ウィーンのバラ ゴールド こちらは2014年の限定品です。

◆インドの華
1867年のパリ万博で発表したシリーズ。

ヨーロッパでジャポニズムブームが起こっているなか、日本の柿右衛門の作品からインスピレーションを受け作られたシリーズ。当時の皇后ウジェニーの目に留まり、ディナーセットを注文しました。

ウジェニー皇后はオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ一世がフランスに訪問されたおり、そのインドの華のディナーセットを使いました。気配りのきくウジェニー皇后はハプスブルク家御用達の窯でおもてなしをしたのです。


インドの華はグリーンのものが有名ですが、ブルーやイエロー、ブラック、ピンクのものもあります。

また、アポニ―シリーズはこの「インドの華」の簡易デザインのシリーズとなっています。


早急にディナーセットを揃える必要のあったハンガリーのアポニー公爵のオーダーにより、「インドの華」の簡易版のアポニーシリーズができたのですが、今ではこのアポニ―シリーズもヘレンドの代表作となっています。

ヘレンドの代表的なシェイプ

◆オジエシェイプ
ヘレンドはたくさんのシェイプを作っています。


その中で一番ヘレンドらしいのが網目模様のレリーフが特徴のオジエシェイプ。


オジエシェイプのティーカップは3種類あります。

ティーカップ

【サイズ】
容量200cc 口径9cm  高さ5cm ソーサー直径14cm

ヘレンドのティーカップを代表する形。コーヒーカップのように見えますが、こちらはティーカップです。

ティーカップ ロウ

【サイズ】
容量200cc 口径11cm  高さ5cm ソーサー直径15cm

こちらはロウタイプのティーカップ。カップに合わせ、ソーサーが一回り大きくなっています。

こちらは以前ニルギリが美味しく飲めるティーカップとして紹介したシェイプです。

コーヒー紅茶兼用カップ

【サイズ】
容量200cc 口径9cm  横幅11cm 高さ6cm ソーサー直径14.5cm

こちらはコーヒーと紅茶の兼用カップです。

小物も充実しているヘレンド

ヘレンドは小物も大変充実しているブランドです。小物入れやペンダントトップ、可愛い動物のフィギュアもたくさんあり、干支のフィギュアやひな人形もあります。

ペンダントトップ テディ

横幅1.8×奥行き1.8×高さ2.5cm

ヘレンド ヴィクトリア・ブーケ 貝雛

お雛様もヴィクトリアブーケの柄です。

ヘレンドの歴史

1826年創業。ヨーロッパの窯は1700年代に創業したところが多いので、ヘレンドは後発の窯でした。
さらに、ハンガリーの片田舎という土地柄だったので、なかなか買い手がつかなく、創業当時は経営がうまくいかなかったようです。
最初の経営者ヴィンツェ・シュティングルは借金をしてなんとか経営をしていましたが、1839年に破産。

しかし返せるお金がなかったので、借金の方に窯を譲りました。

そして、新しく経営者になったのがシュティングルにお金を貸していたモール・フィシェルです。

fleurs des indes vertes

1842年にハンガリー産業博覧会に出展しなんとか成功しますが、翌年の1843年に工場が火事になってしまいます。

それまでは大量生産品を作っていましたが、型を消失してしまったため、この火事を機に高級磁器のみの製造メーカーとして生まれ変わります。しかし、経営はあまりうまくいっていませんでした。
そんな頃、トリノ王が景徳鎮の模倣をしてくれる窯を探していると聞いたフィシェルはそれをチャンスととらえ、その仕事を引き受けました。

トリノ王の使者がヘレンドの作品を本物の景徳鎮と間違えるほどの出来栄えだったので、ヘレンドの模倣はすごいとうわさが広まり、それからヘレンドはあらゆる王侯貴族から次々と模倣や修理の依頼が来ました。

模倣をしていくうちに技術はどんどん向上していきました。

しかし、模倣や修理で有名になってもオリジナルのものはあまり売れませんでした。

そんなヘレンドの転機となったのが、ロンドン万博です。

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ヴィクトリア女王に気に入られてからはオリジナルのものも売れるようになりました。

ヴィクトリア女王からはその後もオーダーがあり、ウィンザー城で使う「ウィンザーの小枝」などを受注しました。

また、1864年ウイーン窯が倒産したため、ハプスブルク家のウィンナローズを手掛けるようになり、1872年からは正式にハプスブルク家御用達の窯になったり、1867年のパリ万博ではフランス皇后のウジェニーが「インドの華」を購入してくれたり、金融王のロスチャイルド家からもオーダーされるような窯になりました。→ロスチャイルドバード

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その後ずっと順調だったわけではなく、2度の破産やハプスブルク家崩壊などの危機に合いますが、技術力の高さや一貫したハンドメイド製法により、いまでも高級磁器メーカーとして人気を誇る窯となっています。

ハンガリーはもともと社会主義国家だったので物価が安く、ヘレンドもそのクォリティーの高さにしては安めの価格設定がとても魅力的な窯だったのですが、近年ハンガリーの物価高騰により、どんどん値上がりしています。

私はヘレンドが大好きなので、いろんなシリーズを集めてます。これ以上値上がりする前に早急に買いたいと思ってますが、一気には買えないので、毎月ヘレンド貯金をしています^^